1 「企業は人なり」という言葉があるように、企業の成長には、人材の育成が極めて重要であることは言うまでもありません。そして、人材の育成には、適切な指導を行うことが当然に必要となりますし、ときには叱責が必要な場合もあります。
 しかしながら、指導や叱責を受ける側は、大なり小なりストレスを感じるものですので、指導や叱責を行う側は、業務上適切なものだと考えていても、指導や叱責を受ける側からパワーハラスメントに当たるとして、指導や叱責をした上司や会社に対して損害賠償請求がなされる事案も少なくありません。
 指導や叱責がパワーハラスメントに該当するか否かという問題については、暴力が振るわれていたり、ひどい暴言があるなどの極端な例は別として、その線引きは容易ではなく、裁判例においても、同じ事実関係を前提として、原審と控訴審とで逆の結論に至る例もあるところです。
 以下では、指導や叱責がパワーハラスメントに該当するか否か判断する際に考慮される要素について、簡単にご説明させていただきます。

2 職場のパワーハラスメントとは、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。」と一般的に定義づけられています。
 指導や叱責がパワーハラスメントに該当するか否かという場面では、当該指導や叱責が、ここにいう「業務の適正な範囲を超え」るか否かが主に問題とされます。そして、厚労省によるパワハラ防止指針においては、その判断に当たっては、以下のような様々な要素を総合的に考慮することが適当とされています。

 1.当該言動の目的
 指導や叱責は、労働者を育てる目的(部下の問題を改善する目的等)で行われることが必要であり、その目的のために明らかに不相当ではない程度で行われる必要があります。
 侮辱的な発言や脅迫的な発言があった場合、嫌がらせ目的や退職に追い込む目的があったとして、当該発言は、パワハラを認定する方向の事情として評価されます。

 2.当該言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む当該言動が行われた経緯や状況
 労働者の問題行動が、第三者の生命・身体の危険に繋がるものや、セクハラのような重大な問題である場合や、労働者が同じ問題を繰り返していた場合等は、比較的強い指導や叱責がなされても、パワハラが否定されることも考えられます。
 一方で、長時間労働や過大なノルマを課している等の使用者側の問題が、労働者が指導・叱責される原因に寄与しているといった事情や、労働者のミスが軽微なものにすぎないのに、執拗な指導・叱責が行われたといった事情は、パワハラを認定する方向の事情といえます。

 3.業種・業態、業務の内容・性質
 例えば、正確性を要求される医療機関や、本人や第三者の安全を確保する必要のある建築業・運送業といった業種・業態については、本人や第三者の生命・身体の安全を図るために、比較的強い指導・叱責を行うことが許される場合もある(例えば、建設現場で安全帯を装着しない場合や、運転手が酒に酔った状態で出勤した場合等)と考えられますので、そのような業種等であることは、パワハラを否定する方向の事情といえます。

 4.当該言動の態様・頻度・継続性
 例えば、指導や叱責が、大声で行われる、不必要に衆目の前で行われる、不必要に長時間に及ぶ、深夜に及ぶ、執拗に何度も行われるといった事情は、パワハラを認定する方向の事情にあたります。

 5.労働者の属性や心身の状況
 属性としては、入社年数が少ないこと、雇用形態が派遣社員、契約社員といった非正規雇用であることなどの事情、心身の状況としては、うつ病を発症していることや、病気による休職明けといった事情は、パワハラを認定する方向の事情にあたります。

 6.行為者との関係性
 良好な人間関係にある者同士であることは、パワハラを否定する方向の事情にあたりますし、逆に、関係が希薄又は良好でない人間関係にある者同士であることは、パワハラを認定する方向の事情にあたるといえます。